大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和50年(わ)2602号 判決

主文

被告人を懲役一年八月に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、妻茂子と共謀のうえ、大阪簡易裁判所において審理中の自己の窃盗被告事件につき、診断書を変造もしくは偽造して右裁判所に提出し、病気を理由に公判審理を遅延させようと企て、行使の目的をもってほしいままに、

(一)  昭和四七年七月五日ころ、枚方市池之宮三丁目四番二一号の当時の被告人宅において、カーボン紙とボールペンを用いて、枚方市立枚方市民病院医師有沢道夫の署名押印のある被告人に対する昭和四七年七月三日付診断書記載の加療最終日の「昭和47年4月30日」を「昭和48年4月30日」に、加療日数の「40日間」を「405日間」に、実診療日数の「23日間」を「230日間」にそれぞれ改ざんするなどし、もって公文書たる右有沢道夫作成名義の診断書一通を変造し、同四七年七月六日、大阪市北区若松町八番地所在の大阪簡易裁判所において、自己の窃盗被告事件を審理中の同裁判所裁判官谷村経頼に対し、情を知らない弁護人奥田福敏を介して、右変造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

(二)  昭和四八年三月一〇日ころ、京都市東山区大和大路通正面下る大和大路二丁目五四三番地医療法人大和病院において、前記同様の方法で、同病院医師児玉浩一の署名押印のある被告人に対する昭和四八年三月八日付診断書の病名欄に左下腿骨々折とある記載に続けて「高血圧」と書き加え、かつ通院加療期間約一〇日間とあるのを更に一か月間の入院加療を要する旨書き加え、もって事実証明に関する右児玉浩一作成名義の診断書一通を変造し同月一四日、前記大阪簡易裁判所において、前記谷村裁判官に対し、情を知らない前記奥田弁護人を介して、右変造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

(三)  同年四月一六日ころ、当時の前記被告人宅において、前記同様の方法で、社団法人愛生会山科病院医師大川原康夫の署名押印のある被告人に対する昭和四八年四月四日付診断書記載の加療期間の「向後約10日間の通院加療」を「向後約6月入院、3月間の通院加療」に改ざんし、もって事実証明に関する右大川原康夫作成名義の診断書一通を変造し、同月二三日、前記大阪簡易裁判所において、前記谷村裁判官に対し、情を知らない前記奥田弁護人を介して、右変造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

(四)  同年五月一八日ころ、当時の前記被告人宅において、前記同様の方法で、裁判用診断書用紙一枚の氏名欄に「厚主仁」、病名欄に「心不全、心筋梗塞症、狭心症」、意見欄に「正當に裁判を争うには著しく困難と思われます」などと記載し、末尾の診断者住所欄に「京都市東山区山科竹鼻四丁野町十九の四社団法人愛生会山科病院」と冒書したうえ、同病院名義の角印らしく装うため同欄の下に西淀熱工業株式会社名義の角印(昭和五〇年押第七六〇号の一)を薄く冒捺し、医師欄に「藤村三津男」と冒書してその下に藤村名義の認印(同号の二)を冒捺し、もって事実証明に関する右藤村三津男作成名義の診断書一通を偽造し、同月二一日、前記大阪簡易裁判所において、前記谷村裁判官に対し、情を知らない前記奥田弁護人を介して、右偽造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

(五)  同年七月五日ころ、門真市大字三番八七〇番地の当時の被告人宅において、前記同様の方法で、裁判用診断書用紙一枚の氏名欄に「厚主仁」、病名欄に「急性白血病、急性肺性心、心臓弁膜症」、意見欄に「正当に防禦するにはとうてい不可能と思料す」などと記載し、末尾の診断者住所欄ならびに医師欄に前記同様の病院名および医師名を冒書したうえ右各欄の下に前記同様の角印および認印を冒捺し、もって事実証明に関する前記藤村三津男作成名義の診断書一通を偽造し、同月六日、前記大阪簡易裁判所において、前記谷村裁判官に対し、情を知らない前記奥田弁護人を介して、右偽造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

(六)  昭和四九年一月二一日ころ、当時の前記被告人宅において、前記同様の方法で、裁判用診断書用紙一枚の氏名欄に「厚主仁」、病名欄に「急性白血病、急性肺性心、肺気腫症、胃がん等」、意見欄に「現症状から見て、正当に防禦することは考えられず、症状が悪化している現在とうてい不可能と思料します」などと記載し、末尾の診断者住所欄ならびに医師欄に前記同様の病院名および医師名を冒書したうえ右各欄の下に前記同様の角印および認印を冒捺し、もって事実証明に関する前記藤村三津男作成名義の診断書一通を偽造し、同月二九日、前記大阪簡易裁判所において、前記谷村裁判官に対し、情を知らない前記奥田弁護人を介して、右偽造にかかる診断書一通をあたかも真正に成立したものであるかのように装い提出してこれを行使し、

第二、(一) 昭和四八年二月末ころ、京都府長岡京市開田東羅一七、ニチイ長岡店内スリーM店において、宮田嘉三保管にかかる背広上下四着、男物コート四着、男物ズボン五本(時価合計一四万四、〇〇〇円相当)を窃取し、

(二) 同年六月九日ころ、奈良県橿原市八木町一丁目八の一五、ニチイ八木ショッピングデパート内島津時計店において、島津政治保管にかかる男物腕時計二個(時価合計八万八、四〇〇円相当)を窃取し、

(三) 同年同月二七日ころ、前記島津時計店において、島津政治保管にかかる男物腕時計四個、女物腕時計六個(時価合計約二九万九、八〇〇円相当)を窃取し、

(四) 同年九月初めころ、京都市伏見区深草出羽屋敷町二三、泉屋伏見店において、和田譲二保管にかかる婦人用肌着一〇枚(時価合計五、八〇〇円相当)を窃取し、

(五) 昭和四九年一〇月二六日ころ、神戸市東灘区甲南町二丁目一の二〇、神戸灘生活協同組合配送センターにおいて、大橋恒藏保管にかかる電子計算機四台、ハンドミキサー五台(時価合計四万五、九〇〇円相当)を窃取し、

(六) 昭和五〇年二月一七日、兵庫県尼崎市若王寺前川田二の三、菊屋酒店東側駐車場において、同所に駐車中の軽四輪貨物自動車荷台に積んであった糸川昌山所有にかかる灯油一八リットル入ポリ容器(時価合計約一、四〇〇円相当)一個を窃取し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件窃盗事件はその犯行動機が釈然とせず、各犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあった疑いがある旨主張するが、前掲各証拠によれば、被告人が本件各窃盗を行なうに至った動機は明らかに認められるのみならず、犯行時および犯行後の被告人の行動からも被告人が犯行当時事理弁別の能力が著しく減弱している状態になかったことは明らかであるから、弁護人の右主張はこれを採用しない。

(累犯前科および確定裁判)

被告人は、

(一)  昭和四〇年五月一〇日大阪地方裁判所で窃盗、強姦未遂罪等により懲役三年に処せられ、昭和四三年一二月七日右刑の執行を受け終わり、

(二)  その後犯した窃盗罪により昭和四四年一〇月二七日東京簡易裁判所で懲役一年六月に処せられ、昭和四六年四月一四日右刑の執行を受け終わり、

(三)  昭和五〇年七月七日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年四月に処せられ、右裁判は同年七月二二日確定した

ものであって、(一)および(二)の事実は被告人の当公判廷における供述および検察事務官作成の前科調書により、(三)の事実は被告人の当公判廷における供述および検察事務官作成の右裁判の判決書の謄本ならびに検察事務官作成の刑執行指揮通知書によりそれぞれこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の(一)の所為中、有印公文書変造の点は刑法六〇条、一五五条二項に、同行使の点は同法六〇条、一五八条一項、一五五条二項に、判示第一の(二)および(三)の各所為中、有印私文書変造の点はいずれも同法六〇条、一五九条二項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条二項に、判示第一の(四)ないし(六)の各所為中、有印私文書偽造の点はいずれも同法六〇条、一五九条一項に、同行使の点はいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、判示第二の(一)ないし(六)の各所為はいずれも同法二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第一の(一)の有印公文書変造と同行使、判示第一の(二)および(三)の各有印私文書変造と各行使および判示第一の(四)ないし(六)の各有印私文書偽造と各行使はそれぞれ手段結果の関係にあるので、同法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として犯情の重い各行使罪の刑で処断することとし、以上の各罪のうち判示第一の(一)ないし(五)および判示第二の(一)ないし(四)の各罪は前記(一)および(二)の前科との関係でいずれも三犯であるので同法五九条、五六条一項、五七条により、また判示第一の(六)および判示第二の(五)、(六)の各罪は前記(二)の前科との関係でいずれも再犯であるから、同法五六条一項、五七条によりそれぞれ累犯の加重をし、また右各罪は前記(三)の確定裁判のあった窃盗罪とは同法四五条後段の併合罪の関係にあるから同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪につき更に処断することとし、なお右各罪もまた同法四五条前段の併合罪の関係にあるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の(一)の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役一年八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右刑に算入することとする。(なお、右未決勾留日数の算入について附言するに、本件記録を精査すると、被告人は、昭和五〇年五月三一日本件有印私文書変造、同行使等被告事件について起訴され、右同日、同被告事件につき勾留状の執行を受け、その後引き続き勾留されていたものであるところ、その途中同年七月二二日から前記(三)の確定判決(窃盗被告事件)の刑の執行を受けることとなり(法定未決通算一五日)、いわゆる重複拘禁を受けていたもので、本件勾留状の執行のみによる身柄拘禁期間は三七日にすぎないが、他方本件有印私文書変造、同行使等被告事件の取調は、本件起訴の直前である昭和五〇年五月二三日から同年五月二九日にわたり右窃盗被告事件(確定判決)の未決勾留を利用してなされており、したがって実質的には本件のために起訴前の勾留がなされていたものと解することができるのであって、このように別件についての未決勾留が実際的な効果の面で本件の勾留でもあるかの如く作用している事実状態にあり、しかも本件が前記のようにその余罪の関係にあることを考慮すれば、たとえ両事件につき併合審理がなされていなくとも、これに準じ、右別件の未決勾留日数中本件起訴前の法定勾留期間内であることが明らかな前記取調期間内の日数は本件の本刑に算入できるものと解し≪昭和四八年一一月一四日高松高裁判決。判例時報七三七号参照≫、別件窃盗被告事件の未決勾留を本件有印私文書変造同行使等被告事件の本刑に算入した次第である。)

(量刑の理由)

被告人の本件犯行中、有印公文書もしくは有印私文書の変造、偽造、同行使の点は、審理中の自己の窃盗被告事件につき、変造又は偽造にかかる診断書を提出することにより公判審理を遅延させ、実刑判決を免れる可能性をつくることを主たる目的として行なわれたもので、大胆な犯行というべく、その回数も六回に及び、その結果長期間に亘り公判審理を妨げて国家の刑罰権の行使を不当に遅延させたうえ診断書の果す社会的機能を阻害してその信用を失墜せしめたことは許しがたく、また、窃盗の点は、その殆んどの犯行が警備保障会社のガードマンとしての職務遂行中に、警備依頼者の信頼に背いて実行されたもので、その結果、被告人の雇用者たる警備保障会社の社会的信用をも失墜させるに至っており、単純なる窃盗事犯として済まされないものがあるなど被告人の本件各犯行に対する刑事責任は軽からざるものがある。

しかしながら、反面において、被告人が診断書を変造もしくは偽造してこれを行使するに至った動機には、当時妊娠中の妻茂子が被告人に対し、被告人が服役することによる生活不安を強く訴えて裁判の終結が延期されることを望み、被告人も家族の将来を案じてこれに応えるに至った事情も認められるのみならず、本件犯行発覚後妻茂子が三児を託児院に預けたまま失踪する事態となって、被告人は自己の非を深く反省するとともに受刑後必らず更生して速やかに三人の子供を引き取って養育することを誓っており、また老齢で病身な実父も被告人との生活を切に望んでいることが窺われる。

そこで、右の諸情状を彼此勘案し、さらに、本件は被告人が現在受刑中の事件のいわゆる余罪の関係にあることを考慮して主文のとおり量刑した次第である。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大政正一 裁判官 大山隆司 裁判官池田勝之は出張のため署名押印できない。裁判長裁判官 大政正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例